終了・報告

【レポート】出張ワークショップ②

はじめに

NPO法人エイブル・アート・ジャパンでは、障害のある人とない人がともにつくる人形劇の活動「みんなでつくるよ広場の人形劇!」を、人形劇団ポンコレラの工藤夏海さんをファシリテーターに2018年度から行ってきました。人と人との間に人形があることで生まれるコミュニケーションや、さまざまな人が集まり即興的に起こる出来事の豊かさを伝えていきたいという思いから、2024年3月に、約5年間の活動の記録をまとめた[冊子]を制作しました。これまで参加者募集型の活動を行ってきましたが、今年度は、その記録冊子を片手に福祉事業所などに出向き、人形劇の体験を届ける出張ワークショップを開催してきました。2ヶ所で実施したそれぞれの様子をレポートで紹介します。
*1回目の実施先でのレポートは[こちら]

概要

2024年の春ころ、エイブル・アート・ジャパンの事務所から徒歩10分ほどのところにある「就労移行支援事業所アクセスジョブ仙台」の職員さんが事務所に立ち寄ってくださったことをきっかけに、つながりが生まれました。アクセスジョブ仙台さんへ人形劇の出張ワークショップの実施を提案したところ、土曜日のイベントとしてワークショップを開催できることになりました。当日は、「人形劇をみる」「人形をつくる」「即興の人形劇であそぶ」という3つの内容を盛り込み、人形劇のさまざまな要素を体験してもらいました。

実施先: 就労移行支援事業所アクセスジョブ仙台(仙台市青葉区本町3-5-21 アーカス本町ビル2F)
日時:2025年3月1日(土)14:00~15:45
参加者:16人
・アクセスジョブ仙台利用者5人、卒業生1人、アクセスジョブ仙台スタッフ 3人、アトリエつくるて※参加者2人
・ファシリテーター:工藤夏海(美術家・人形劇団ポンコレラ)
・コーディネーター:正木千尋、伊藤いづみ・髙橋梨佳(エイブル・アート・ジャパン)
※エイブル・アート・ジャパンが主催する障害の有無に関わらずだれでも参加できるオープンアトリエの活動

ヒアリングの内容と開催に至るまでのやりとり

アクセスジョブ仙台は、障害のある人や難病の人などがサポートを受けながら就職活動を行う場所です。利用する人の約8割は精神障害のある人で、申込時にはワークショップの参加に意欲的でも、後になって不安を感じ、当日欠席するケースが少なくないといいます。また、普段は就職に向けて必要な知識やスキルを身につける活動が中心のため、新しい体験や他者との交流の機会が少なく、それを創出する事業が求められていると感じました。そこで、アクセスジョブ仙台からの参加者が少なかったことも考え、エイブル・アート・ジャパンからも参加者を募って実施するなどやり方を話し合いました。

初回の打ち合わせにはファシリテーターの工藤夏海さんも参加し、工藤さんが2〜3人で即興の劇をする“まちがい劇場”のデモンストレーションを行ったことで、「人形劇は、もっと敷居が高いと思っていました。当団体で実施できるか不安でしたが、これなら利用者も楽しく参加できそうです」との声が上がり、共通認識を持つことができました。

前回実施した別の事業所での出張ワークショップを踏まえて、実施先のスタッフにも参加者と一緒にワークショップに参加してもらい、支援者としてではなく、同じ目線で体験してもらう形に変更しました。

当日の様子

当日のスケジュール
13:00~ 会場集合、スタッフミーティング
14:00~ ワークショップスタート、自己紹介
14:15~ 「みる」人形劇鑑賞
14:30~ 「つくる」人形制作
15:00~ 休憩
15:10~ 制作した人形の紹介
15:15~ 「あそぶ」“まちがい劇場
15:40~ 感想共有
15:50~ アンケート記入
16:00~ 終了

13:00~ 会場集合、スタッフミーティング
ファシリテーターと運営スタッフ、アクセスジョブ仙台のスタッフで、活動の趣旨、今日のスケジュール、会場セッティングの担当について打ち合わせを行いました。全員が同じ目的に向かって活動を進めることができるよう、今回の活動の趣旨をあらためて確認する時間を設けました。

14:00~ 自己紹介
その日に呼ばれたい名前を人形に託し、一人ずつ自己紹介を行いました。直接ではなく人形を介して話すことで、普段交流の少ない参加者も多い中、リラックスした様子で自己紹介ができていたように感じました。人形は、工藤さんが準備したものや、参加者が持参したお気に入りのものが使われました。

14:15~ 「みる」人形劇鑑賞
人形劇を鑑賞したことがない方も多いと想定し、工藤さんと正木による人形劇の実演を行いました。普段利用している場所が劇場となる特別感があったためか、最初は緊張した様子でしたが、次第に笑い声が聞こえるようになりました。

人形劇鑑賞の様子
人形劇鑑賞の様子
▲人形劇鑑賞の様子

14:30~ 「つくる」人形制作
紙コップとサランラップの芯などに使われる紙の筒を使って人形を制作しました。細かい作業や道具の使用が苦手な参加者もいることを想定し、また工作の時間が30分と短いことから、事前に「目」「鼻」「口」のパーツを準備し、自由に選択できるようにしました。
中には自分で描いたパーツを使ったり、モールや布、色紙などを活用したり、紙コップと紙の筒を組み合わせた基本の形以外の方法で作る人もいて、それぞれ特徴のある人形たちが完成しました。

用意した材料
目鼻口のパーツ
▲用意した材料

鳥のような口を描く人
完成した人形
▲制作の様子

15:10~ 制作した人形の紹介
工藤さんとバノバノが参加者の席を回り、作った人形について尋ねると、自然と人形の特徴、名前や性格などが出てきました。自分以外の人形の特徴を知る時間にもなり、その後の劇で、自己紹介での設定を活かした場面も多かったように思います。
人形の紹介の様子
▲完成した人形で自己紹介をする様子

15:15~ 「あそぶ」“まちがい劇場”
はじめに工藤さんから、人形劇の魅力や人形ならではの動きについて説明がありました。
「人形は自分ではない存在です。話しているのは自分ではなく人形なので、いろんなことを話すことができます。歩く、走るなど基本の動きから、飛んだり消えたり自由に動くことができます。いろんな動きを試してみてください」
全員で実際に人形を動かしてみた後、エイブル・アート・ジャパンのスタッフとアクセスジョブ仙台スタッフがふたりで実際に“まちがい劇場”をやってみました。
“まちがい劇場”のルールは、舞台上の「まちがい劇場」の札を外すことで即興で劇を開始し、終わりたくなったら「おしまい」と書かれた札を置くことで劇を終了するというシンプルなものです。

▲いろんな動きを試す様子

参加者のみなさんも“まちがい劇場”を実演!座っていた席の配置で2〜3人のグループをつくり、その場で実演してもらいました。出番でない人は、ほかのグループの劇を観ます。それぞれつくった人形の姿の特徴や、自己紹介でのキャラクター設定(アイドルやお姫様など)が物語に反映され、いろんなやりとりが生まれました。
中には、面白い話ができるか不安になり、劇を始めるのに躊躇していた人もいました。そこで工藤さんが「オチがなくてもいいし、面白くなくても大丈夫」とみんなに伝えます。実際にやってみると、他の人に真剣に観てもらっていることや、そのときの反応を受けて楽しく劇ができたようで、終わった後は満足した様子も伝わってきました。


▲“まちがい劇場”の様子

最後に一人ずつ今日の感想をシェアしました。また紙のアンケートにも感想を記入してもらい、ワークショップを終了しました。

アンケートより

参加者の声
・自分の創造した人形の形を作れたのがとても楽しかった。
・即興だったが相手からの意外な要素でどんどん話がふくらんでいって面白かった。オチがなくてもいいとは言っていたし、実際めちゃくちゃだったが、完全なデタラメにならないよう保持しながらアドリブを行っていくのは刺激的。
・即興劇がその人にしかないアドリブばかり飛び出したのが大変心に残った。型にはまらない表現は、自分でも取り入れてみたいと思った。
・初めは分からない事が多く不安でしたが、やってみると楽しいと感じたので機会があったらまた参加を考えてみたい。
・劇では最初みんな遠慮がちだったが、どんどんシュールな展開などができて面白かった。「作る」の段階でみんな思い入れがあるだろうから、演じるとき、設定?世界観?などがよりよく反映されると「そのひと」ごとの諸価値観、ものの考え方がにじみでてもっと面白くなるかも?と思った。

支援者の声
・自分で作った人形を使って、アドリブで劇をする。初めての経験でもあり、私も含め、皆さんの色々な一面を見ることができたことがとても良かった。
・人形劇を初めて見たので、新たな発見でした!皆さん想いおもいの作品を作られていて楽しかったです!それぞれのセンスが光る劇でした!
・難しかったけどおもしろかった。個性がそれぞれ見えた。
・アクセスジョブ仙台が明るい非日常的空間になった。
・参加者の方々が活きいきとした表情をされていたのがすごく魅力的だと思いました!

実施後の振り返り

•アクセスジョブ仙台の山下さんからは、「当事業所は、就職を見据えたオフィス環境を提供しており、通常の活動では個別での取り組みが中心となっています。利用者同士の適切な距離感を保っているので、イベント等がないと個々の交流が少ない状況です。今回の取り組みで、利用者の普段見たことのない活き活きとしている姿を見ることが出来ました。」村井さんからは「一人一人の発想が素晴らしく、参加者同士でアイデアを共有し合いながら取り組んでいる姿も見られました。回数を重ねることで、自己表現の仕方が分かるようになり、成長につながると感じられたので、今回のようなワークショップをぜひまた実施したいと思いました。」という感想がありました。
•ファシリテーターとスタッフ内での振り返りでは、工藤さんから「“まちがい劇場”は、面白い劇をすることが大事なのではなく、表現したものを受け入れ、しっかりと聞いてもらえる場をつくり、その人がなにを表現しようとしていたのか、そこに人形がどう作用していたのかが大事」という話があり、当日記録したワークショップの様子の映像や写真をあらためて見返し、参加者のみなさんの様子や、アンケートでの声を大切に、振り返りをしました。今回は「みる」「つくる」「あそぶ」の各要素にボリュームがあったため、受け入れ先の状況や目的に応じて、2回に分けたり要素をすくなくしたりすることも必要ではないかと、今後に向けた改善点も見えてきました。

ファシリテーターより

今回の出張ワークショップは2ヶ所目だったので、1ヶ所目で気づいたことを反映しました。就労支援の場所ということで一般的な会社のような雰囲気で、大きな移動できるテーブルや椅子、パーテーションなどがたくさんあり、それらを舞台や工作、発表に合わせて組み合わせながら進めました。参加者は現在通っている方、卒業し就労している方、エイブル・アート・ジャパンのアトリエに通う方です。みなさん人形劇への関心が高く、自作人形の紹介で出た名前や性格が、その後の即興人形劇でも生かされました。コミュニケーションだけでなく、ストーリー性や展開など、どう表現するかを悩みながら工夫していて、会話、人形の動き、アイコンタクトなどで様々な表現が見られました。就労支援に日々注力し奮闘する場所で、支援する方、される方がひとときその役割から離れ、日頃は見せない顔を見せ合い関心したり笑ったりできたことで、お互いを知る良い時間になっていたと、終了後の振り返りの感想から知ることができて本当に嬉しかったです。次につながるような課題やアイデアも出たので、さらに良いプログラムを作っていきたいです。
(工藤夏海)

おわりに(福祉と文化芸術をつなぐコーディネーターとして)

このアウトリーチを通じて、参加者が自己表現をしたり、他者と共に創造する楽しさを感じたりする機会が生まれました。実施先からの前向きな反応を踏まえ、定期的な開催を検討したいと考えています。また、自己表現に対する不安を軽減するために、導入部分をより丁寧に進めるとともに、今回の事例をもとに参加者の変化を見守りながら、回を重ねるごとに自己表現の幅を広げ、他者と共に創造する楽しさをさらに引き出せるプログラムへと発展させていきたいと考えています。

レポート:正木千尋(コーディネーター)
編集:高橋梨佳(NPO法人エイブル・アート・ジャパン)

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