
終了・報告
【レポート】出張ワークショップ①
はじめに
NPO法人エイブル・アート・ジャパンでは、障害のある人とない人がともにつくる人形劇の活動「みんなでつくるよ広場の人形劇!」を、人形劇団ポンコレラの工藤夏海さんをファシリテーターに2018年度から行ってきました。人と人との間に人形があることで生まれるコミュニケーションや、さまざまな人が集まり即興的に起こる出来事の豊かさを伝えていきたいという思いから、2024年3月に、約5年間の活動の記録をまとめた[冊子]を制作しました。これまで参加者募集型の活動を行ってきましたが、今年度は、その記録冊子を片手に福祉事業所などに出向き、人形劇の体験を届ける出張ワークショップを開催してきました。2ヶ所で実施したそれぞれの様子をレポートで紹介します。
*2回目の実施先でのレポートは[こちら]
概要
出張ワークショップの実施先を探していたところ、エイブル・アート・ジャパンの事務所にも程近く、またこれまで学校を卒業した障害のある人の学びの場について考える事業で関わりのあった「自立訓練(生活訓練)事業所きおっちょら」さんに声をかけ、日中の活動時間の中でワークショップを実施できることになりました。当日は、「人形を動かす」「人形の動きと音を組み合わせてみる」「身近なもので人形をつくる」「即興の人形劇であそぶ」という内容で、人形劇のさまざまな要素を体験してもらいました。
実施先:自立訓練(生活訓練)事業所きおっちょら(仙台市青葉区上杉一丁目16番30号 東日本ビル5階)
日時:2025年1月17日(金)10:30〜12:00
参加者: 15人
・きおっちょら利用者1人、きおっちょら卒業生1人、就労継続支援B型事業所はるのひ文庫利用者3人、支援者6人
・ファシリテーター:工藤夏海(美術家・人形劇団ポンコレラ)
・コーディネーター:正木千尋、伊藤いづみ・髙橋梨佳(エイブル・アート・ジャパン)
▲ファシリテーター工藤夏海さんから参加者へのおてがみ
ヒアリングの内容と開催に至るまでのやりとり
「きおっちょら」は、NPO法人みやぎ学びの作業所ネットワーク・ラルゴが2018年に開設した自立訓練(生活訓練)事業所で、高校を卒業した障害のある人が2年間通うことができます。就労する前にもっと学びたい、福祉事業所に通いながら文化的な活動をしたいという人たちの学びを支援しています。「きおっちょら」はイタリア語でカタツムリを意味し、「急がずのんびりいこう」という思いが込められています。
きおっちょらスタッフの佐久間さんへのヒアリングでは、利用者さんの文化芸術に触れる機会や外の人との関わりが少ないこと、一人で外出することや集団での行動が難しい人もいるため、外の人と関わることが利用者さんにとって大切な機会になるというお話があり、ワークショップの実施に前向きでした。
ファシリテーターの工藤夏海さんを交えた事前の打ち合わせでは、きおっちょらにいただきものの打楽器がたくさんあること、利用者さんがお気に入りの人形を持っているという話から、すでにある打楽器と利用者さんの人形を活用したワークショップの内容を考えていきました。手作業が得意な人とそうでない人がいるので、工作をやる場合は、できるだけ簡単な方法を採用することにしました。
また佐久間さんから、きおっちょらの卒業生も所属する「就労継続支援B型事業所はるのひ文庫」との合同開催の提案があり、合同で実施することになりました。
▲打ち合わせやヒアリングの様子
▲きおっちょらにあった打楽器の一部
当日の様子
当日のスケジュール
10:00~ スタッフ集合、会場セッティング
10:30〜 ワークショップスタート、自己紹介
10:35〜 ①いろいろな動きを試す
10:45〜 ②動きと音を組み合わせる人形の動きと楽器の音を組み合わせて見る
11:10〜 休憩
11:15〜 ③身近なものを人形に変身させる
11:30〜 ④“まちがい劇場”であそぶ
11:50〜 感想のシェア
12:00~ 終了
10:00~ 集合、会場セッティング
参加者のみなさんが視覚的に当日の流れを把握できるように、今日の内容を短い言葉とイラストで書いた紙をホワイトボードに貼ります。参加者がお互いの顔を見やすいように、四角形に机をセッティング。中央の机を舞台として、その机には黄色い布を敷きました。その近くにきおっちょらの打楽器を並べて置きます。
10:30~ ワークショップスタート!自己紹介
工藤さんが操る「バノバノ」の進行でワークショップがスタート!バノバノから名前を聞かれた参加者のみなさんは、それぞれが持ってきたお気に入りの人形や工藤さんが持ってきたものの中から選んだ人形を使って自己紹介をしてくれました。
10:35~ ①いろいろな動きを試す
一人ひとつ人形を持って、バノバノのいろんな動きを真似してみます。歩く、走る、飛ぶ、浮かぶ……。人形は、人間にはできない動きも自由自在です。次第に、立ち上がって空を飛ぶように人形をダイナミックに動かす人も出てきたり、隣の人や向かい側の机の人に人形を通して話しかけたり、見つめ合ったりする場面も見られました。
10:45~ ②動きと音を組み合わせる
きおっちょらにある打楽器を鳴らして、人形の動きと音が合わさったらどうなるかを試してみました。くまのぬいぐるみがのっしのっしと歩く動きにカリンバの音を合わせてみるとなんだか足取りも軽くなったようです。レインスティックの音に合わせて歩く動きをしてみると、「雨の中みたいだね」という声もありました。また宙に浮いた動きを試しているとき、きおっちょらのスタッフの佐久間さんが「この動きにはトーンチャイムが合うのでは?」とトーンチャイムを鳴らす場面も。その間、参加者の人形たちがみんな一体となったような瞬間もありました。
11:15~ ③身近なものを人形に変身させる
目、鼻、口、手など体のパーツを紙にペンで描き、はさみで切り取って身の回りのいろんなものに貼って動かしてみます。きおっちょらにあったバドミントンのラケット、ウェットシートのケース、デスクライトや置き時計など、動かなかったはずのものに次々と命が吹き込まれていきます。名前をつけるのが得意な人が、ラケットの人形は「ラケスケ」、ゴーヤの形のマラカスは「ゴーヤン」など命名し、口ずさみたくなるユニークな名前とともに表情豊かなキャラクターがたくさん生まれました。
▲バドミントンのラケットの人形は「ラケスケ」と命名されました
11:30~ ④“まちがい劇場”であそぶ
完成した人形や、持ってきたお気に入りの人形を使い、即興劇“まちがい劇場”をやってみます。 “まちがい劇場”のルールは、舞台上の「まちがい劇場」の札を外すことで劇を開始し、「おしまい」と書かれた札を置くことで終了するというシンプルなものです。打ち合わせなしに2〜3人が即興でおしゃべりするように物語が展開していきます。
最初に工藤さんとコーディネーターの正木さんが“まちがい劇場”の実演を行ったあと、2つのグループに分かれて参加者のみなさんにもやってもらいました。
1組目には、舞台に見立てた机の前に出て上演してもらいました。最初はどのように劇を始めるのか戸惑う様子も見られました。言葉を急かしたりせず、ある程度の時間待ったあと、支援者のみなさんが楽器で加わったり、言葉だけでないやりとりも生まれていたように思います。
1組目の様子を見て、前に出て上演してもらうやり方は緊張するかもしれないので、次のグループには、そのまま自分の席で上演してもらうことにしました。その結果、持ってきたぬいぐるみを使い、遊びの延長のようにリラックスして演じてもらえたのではないかと思います。
11:50~ 感想のシェア
「それでは人形劇ワークショップを終わりまーす」とバノバノが言うと、ワークショップの冒頭から胸の前に手を構えてじっとしていたYさんが「人形劇やります!」と初めて声を出しました。そこで急きょ、Yさんと正木さんによる二人の“まちがい劇場”がスタート。
わたしたちは前回の打ち合わせで、Yさんが友達と作った短編動画を見せてもらったことがありました。Yさんはもしかしたら、ワークショップの冒頭からずっとストーリーを集中して考えていたのかもしれません。
最後にひとことずつ感想をシェアしてワークショップを終了しました。
▲Yさんと正木さんによる“まちがい劇場”の様子
実施後の振り返り
参加者の声
「工作が楽しかった」「お顔の絵が楽しかった」といった、身近なものに目や鼻などの顔のパーツをつけた工作の時間の感想や、「バトル」「ちびゴジラとちびメカゴジラの共闘がおもしろかった」など“まちがい劇場”の出来事についての話題がありました。その中で“まちがい劇場”について「なにをやったらいいかわからなかった」という声もありました。
まわりの支援者から見た参加者の様子
普段気持ちが高まるまで時間のかかる人が、ワークショップの最後に自分から「人形劇します」と言えたことに驚いたそうです。その理由として「みんなが待ってくれているから安心してできたのではないか」「人形制作や演技発表のときでも、自分が納得するまで時間をかけていいのだという安心感があった」からではないかという声もありました。
きおっちょらスタッフの声
きおっちょらの佐久間さんからは、「打楽器をただ鳴らすことはしていたが、動きに合わせて鳴らすということはしてなかったので、そういう方法もあるんだ」という気づきがあったそうです。
また星野さんからは、学校現場でも文化芸術の活動が増えてほしいという話がありました。きおっちょらに入所したてのころ、ある利用者さんが絵を描くことや朗読が好きというのはわからなかったそうです。
「好きなことを学校時代にも発揮する機会があり、表現することを通して心が開放されたり、褒められたりすることで自信がついたりする経験が積み重ねられるといいですね。じっとしていることや作業が早いことだけで評価されるのではなく、それぞれがもっている素敵な側面を、いろんな人がかかわることで引き出してもらえたらいいなと思いました」
ファシリテーターとスタッフ内での振り返り
ワークショップ後の振り返りに参加していたKさん(ワークショップの参加者のひとり)が、朗読が好きなことがわかり、絵本『わたしのワンピース』をその場で朗読してくれたことが心に残っています。
参加者それぞれが好きなことや得意なこと、どんな表現をするかはやってみてわかったことも多く、それぞれが持っているものと、人形劇の表現が合わさったらどんなものが生まれるのか見ることができたらうれしいです。
今回は初めて即興劇をする参加者だけのグループでやってみましたが、まずは参加者とわたしたちスタッフを組み合わせたペアでやってみるなど、その人の表現が引き出される環境をつくる工夫も考えたいと思いました。
ファシリテーターより
初めての出張ワークショップでしたが、事業所の皆さん、参加してくれた皆さんと実験しながら楽しい時間を作ることができ、私自身も多くを学ぶ時間となりました。「みんなでつくるよ広場の人形劇!」での経験を活かし、準備した方法が適さない時は方法を変え、場や人に合わせて表現しやすい環境を目指しました。誰しも個別の体と特性を持っていて、特性は状況によって封じられたりしますが、この場では人形劇によってそれぞれ持っているものを安心して出せ、それを観ようとする人がいました。また、非言語のコミュニケーションや表現も多く、それが場をさらに豊かなものにしていたと思います。人形劇が自分や他者と出会う方法として、あの場にいた方の日常に活かしてもらえたらいいなと思いますし、緊張をしすぎない上演の工夫や、目的や趣旨などを事前に実施先の支援者やスタッフ間で共有する必要性があるなど、今後の課題も見えたので、私たちも気づいたことを活かしていこうと思います。
(工藤夏海)
おわりに(福祉と文化芸術をつなぐコーディネーターとして)
今回、初めて出張ワークショップを実施しました。はじめましてのみなさんとの活動に、こちらもドキドキしていましたが、あらためて「待つ」ことの大切さに気づけた回でした。ワークショップの冒頭からその場にはいてくれたものの最後までじっとしていた人が、「終わります」と言った瞬間に「人形劇やります!」と言ってくれたことにわたしも感動しました。全体の時間は少しだけ延長しましたが、劇をやり終えて満足そうな表情が見ることができました。「みんなでつくるよ広場の人形劇!」のときも工藤さんが大事にしていた「プログラムに無理やり沿わせるのではなく、その人がやろうとしていること、身体が動くものに気づいて素早くセッティングすること」を、出張ワークショップでも変わらず大事にしていきたいです。
レポート:高橋梨佳(NPO法人エイブル・アート・ジャパン)