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終了・報告

【報告レポート】第4回「鑑賞するって楽しい!せんくら・リラックス・コンサートができるまで」

開催日
2022年11月30日(水)
時間
15:00〜17:00
場所
宮城県仙台市青葉区一番町 3-11-15 仙台フォーラス7階
講師
冨田小緒里(公益財団法人 仙台市市民文化事業団音楽振興課)
テーマ
〈いつでも、どこでも、誰でも〉自由に豊かな文化的体験ができることはすべての人にとっての権利です。この研修では、2022年8月に「仙台クラシックフェスティバル(通称:せんくら)」のプレ企画として初めておこなわれた、障害児者や小さな子ども、高齢者などに開かれた「せんくら・リラックス・コンサート」を事例に、障害のある人の「鑑賞の機会」について参加者のみなさんと学び合いました。講師には、このリラックスコンサートを企画した仙台市市民文化事業団の冨田小緒里さんをお迎えし、企画にいたった背景や、障害者芸術活動支援センター@宮城(SOUP)と協働した内容、当日の様子や参加者アンケートの結果など、企画から実施までのプロセスを詳細な資料とともにお話しいただきました。

参加者

会場:6人
オンライン:17人

当日の流れ

15:00-15:05 導入、参加者自己紹介
15:05-15:10 研修の目的、講師紹介
15:10-16:10 講師のお話
16:10-16:15 休憩
16:15-16:55 質疑応答
16:55-17:00 アンケート記入・今後の事業の告知

研修の背景

はじめにエイブル・アート・ジャパンの柴崎より、障害のある人の文化芸術活動における「鑑賞の機会」の現状について、文化庁の調査結果をもとに共有しました。その調査によると、「過去1年間に文化芸術を直接鑑賞したことがある」と回答した障害のある人は、コロナ禍の影響もあってか、令和2年は26.4%に留まっています。また、「直接鑑賞しなかった理由」について、最も割合の多い48.3%が「特に理由はない」と回答しています。この「特に理由がない」を選択した人が多いのは、障害のある人たちがそもそも文化芸術を鑑賞することによる醍醐味や楽しみを知らないのではないかと推測されます。また、「障害者の鑑賞機会の拡大に向けた展示活動に取り組んだことがある美術館・博物館」は24.2%で、「令和元年度に主に障害者を対象とした鑑賞事業を実施した劇場・音楽堂」はわずか8.0%という結果でした。

「障害者による文化芸術活動の推進に関する現状と今後の課題」より
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kondankaito/shogaisha_bunkageijutsu/03/pdf/93736701_03.pdf
(2023年3月28日最終アクセス)

この調査から、障害のある人が十分に文化芸術を鑑賞できる環境が整っているとはいえない状況であることがわかります。そうした背景から、今回の研修では障害のある人の「鑑賞の機会の拡大」に焦点を当て、〈いつでも、どこでも、誰でも〉自由に豊かな文化的体験ができる環境形成にはどのような考え方や準備が必要なのか、実際の事例から学ぶ機会をつくりました。

冨田さんのお話

① せんくら・リラックス・コンサートの概要
冨田さんが所属する音楽振興課では、2006年の実施から広く仙台市民に親しまれている「仙台クラシックフェスティバル(通称:せんくら)」の事務局を担当しています。せんくらは「クラシック音楽をもっと多くの人々で楽しみ、身近なものに」がコンセプト。一般的なクラシックコンサートと比べて「1コンサートの公演時間が短い」「チケットは低価格」「小さなお子さまも入場可能な公演がある」などの特徴があります。そうしたせんくらのコンセプトから派生し、「小さなお子様も障害のある方も、みんなで一緒に音楽を楽しむ」機会をつくりたいと、せんくらのプレ企画として、初めてリラックスコンサートを実現しました。
*コンサートのダイジェスト映像はこちら(せんくら公式You Tube)

② せんくら・リラックス・コンサートができるまで
▼課題意識
冨田さんがこのような社会包摂を意識した事業を実施する必要性を感じたきっかけには、2018年当時、担当していた「仙台市文化プログラム」があったといいます。仙台市文化プログラムは、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の開催に伴って実施された事業で、SOUPを運営するNPO法人エイブル・アート・ジャパンの提案が採択され、障害のある人とない人がともに活動できるアトリエや身体表現の場を開いてきました。実際にこの場に参加した経験がとても大きかったそうです。
その後、仙台市市民文化事業団の部署の垣根を超えて実施された「社会包摂への取組」を考えるワーキンググループでの自主的な研修会に参加し、障害のある人の文化芸術活動に関する法律や施策などを学ぶうちに、社会包摂の取り組みが社会で求められていることを実感。そこで、日常的に仕事の中に組み込んでいくことを考えていった結果、担当事業であるせんくらに目を向けます。

▼企画構想
リラックスコンサートの企画が立ち上がったのは、コンサート実施の前年度でした。仙台市主催の既存事業に「障害のある人と付き添い者」を対象にしたコンサートがありましたが、冨田さんはリラックスコンサートを「障害のある人もない人も一緒に時間を過ごせる場になるように」と方針を考えていきます。また、東京でおこなわれているリラックスコンサートを視察し、どんな対応や準備が必要なのか、実際に目で見て学んだことを企画に取り入れていったそうです。

▼実施準備
具体的な実施準備に移ったのは2022年4月。コンサート当日までの約4ヶ月間、コンサート会場となる施設や出演者と緻密に打ち合わせを重ねていきます。障害のある人と文化芸術をつなぐ中間支援組織であるSOUPでは、これまで築いてきたネットワークや活動の実績を活かし、「アクセシビリティ・情報保障の検討」「会場設備・導線確認」「チラシ配布や広報」「申込受付・抽選・結果通知」「座席の割り振り」「当日の運営」について協力をしてきました。

チラシは「からだを揺らしても、自然に声がでてもOK!」などのメッセージを入れ、アクセシビリティの内容をアイコンにして掲載、固い文章になりがちな出演者のプロフィールをメッセージ風にするなど、肩の力を抜いて参加ができることやウェルカムな雰囲気が伝わるような工夫がたくさん盛り込まれました。

また、申し込みまでの心理的なハードルを下げ、障害の有無に関わらず申し込みができるよう、申込方法は複数用意されました。
こうした工夫の結果、2回公演で計160人の定員には610人もの応募があり、その約2割(131人)が障害のある人と家族・支援者からの応募でした。当日は、客席数を2回公演で計280人まで増やしましたが、それでも当選率は40.8%!リラックスコンサートへの高いニーズがうかがえました。

次に、抽選の結果、当選した人たちの座席を割り振りしていきます。そのときに冨田さんが大事にしたのは、「いろいろな人が隣り合わせになるように」したこと。申込時のメッセージ欄に寄せられた必要やサポートや座席の要望を考慮しながら、障害のある人と家族、大人だけのグループ、小さなお子さま連れなど、さまざまなコミュニティが混ざり合うように座席を割り振りしました。

結果通知の際、当選した人には「ご来場ガイド」が一緒に送付されました。これは、来場者が当日安心して来られるよう、会場内の様子がわかる写真、会場へのアクセス方法や公演までの流れ、ひろびろトイレの場所や休憩スペースの案内など、事前に知っておきたい情報が記されたものです。冨田さんが中心に作成したものをSOUPの視点でアドバイスしながら、より充実した内容に修正していきました。

▼本番運営
会場内にもリラックスした雰囲気を演出するさまざまな工夫が。出演者のステージ付近には「大切な楽器です♪はなれたところから眺めよう」とやわらかく注意を促す掲示、席でじっとしていられない人がのびのびと過ごせるクッションシートが設置されたスペース、ベビーカー置き場などが用意されました。また、出演者から「音楽だけでなく、空間も良いものになれば」とステージへの装飾の提案があり、マイクスタンドや譜面台が音符の装飾で彩られた視覚的に楽しいステージで演奏がおこなわれました。
会場近くの休憩スペースには、「いつでも戻ることができます」といった掲示を設置。スタッフやボランティアは、共通してせんくらの公式キャラクターがプリントされた緑のTシャツを着用し、来場者を迎えました。

当日は、2回の公演にそれぞれ約100人が来場。乳幼児と親、障害児ときょうだい児、精神障害のある青年の集団、90代の高齢者をふくむ親子3世代など、多様なコミュニティの姿がありました。演出に合わせて手拍子をしたり、からだを揺らしたりしながら、リラックスした雰囲気でコンサートを楽しむ様子がうかがえました。

③ 出演者との振り返り
コンサート終了後には出演者との振り返りをおこないました。出演者のカプマリさんにとって、今回のような対象者を広げたコンサートは初めてだったそうです。「同じ空間にいて同じ時間を過ごす、分け隔てなくみんなで一緒に楽しめる、お互いが違いを認め合える、そういった大切なことに気づかせてもらえたコンサートでした」「みんなで楽しめる今回のようなコンサートはとても重要。もし次回があれば、ぜひ協力させてください」といった感想から、出演者のみなさんにとっても、こうしたコンサートの意義や必要性について実感する機会になったことがうかがえました。

④ リラックスコンサートのその後
最後に、当日会場に馴染めず、最後まで入れなかったある親子のエピソードが語られました。リラックスコンサートの後日、せんくらの別のプレ企画として仙台市天文台でおこなわれた無料のコンサートに足を運んだその親子は、会場の入口付近で遠目に演奏を楽しむことができたそうです。リラックスコンサートの経験であきらめずに別のコンサートに足を運んでくれたお母さんと「こうすれば聴けるんだ」という経験を獲得できたお子さんにリスペクトを感じたという冨田さん。その背景には、リラックスコンサートの経験を活かして椅子を用意したスタッフの柔軟な対応もありました。リラックスコンサートでの経験が、着実にその後の親子やスタッフの行動に影響を与えていることがわかります。

⑤ 来場者アンケートより
アンケートにはリラックスコンサートへの肯定的な感想が多数寄せられました。
・手振りや身振りをして良いと、リラックスできて音楽コンサートを楽しめるので良かったです
・障害があってもなくてもだれでも文化に触れる生活ができることは大切なことだと思います
・重度の障害を持つ娘ですが、音楽は大好きで音楽を聴いている時は穏やかで笑顔を見せます。(中略)今回初めて本格的な会場で素敵な音楽を聞かせて頂き、貴重な体験をさせることができ、本当に幸せでした。

こういった感想の背景には、次のような声が明らかとなりました。
「ホールでのコンサート鑑賞経験」について「今回が初めて」と回答した人の43%が、その理由について「周りに迷惑をかけるから」を回答したことがわかりました。周りの目を気にして、鑑賞をあきらめてしまう人がたくさんいることをあらためて実感したという冨田さん。コンサートへの心理的ハードルを下げるためのウェルカム感を演出したチラシの効果や重要性についてあらためて触れられました。

質疑応答

障害のある人の「鑑賞料金の設定」について質問がありました。
冨田さんによると、今回のリラックスコンサートは、抽選で半分以上の人が落選となったものの、無料だったこともあり、当日来なかった人が一定数いたそうです。また、来場者から「有料でもコンサートに行きたい人はいるので、少しでも料金をとってもいいのでは」という声もあり、「仙台市市民文化事業団でもこれから考えていく課題にしたい」とお話しされました。
柴崎からは「障害のある人が必ずしも無料や減免の対象である必要はないという当事者の意見もある」という話がありました。しかし現状は、「劇場に行き文化を享受できる」という当たり前の権利として、障害のある人にまだまだ認知されていないといいます。そのためには、今回のリラックスコンサートのような実践を積み重ね、段階を踏んでいく必要があることがわかりました。
また、会場参加者からの「ハード面とソフト面の整備、それぞれ大事なことがわかった」という感想を受けて、冨田さんは「ハード面を整備するのは大事だけれど、そのことを伝えないと意味がなく、例えば『駐車場がある』などの当たり前の情報もしっかり届けること。ウェルカム感の創出だけでなく、『来ても大丈夫』という背景にあるサポート体制や設備を示していくことが大事」といいます。一つひとつの情報を丁寧に伝えていくことが、ウェルカムな雰囲気の創出につながることを実感しました。

まとめ

社会包摂事業に関するリサーチ、当日までの細やかな準備と対応、施設職員や出演者などコンサートをつくるさまざま関係者とのコミュニケーションを経て実現したリラックスコンサート。参加者の中には「自分たちの組織でここまでやるのは難しいかも……。」と感じた人もいたかもしれませんが、「やってみないとわからない」「まずは小さなことでも実践することが大事」という冨田さんの言葉に背中を押された人も多いのではないでしょうか。
今回の研修は、宮城県内だけでなく、さまざまな地域から文化施設の運営や企画に関わる方、障害のある人と芸術文化活動に取り組む団体や個人の方、特別支援教育を学ぶ方などにご参加いただきました。仙台の事例がまた他の地域の事業のヒントになり、全国でこのような活動が広がっていったらうれしく思います。SOUPも、今後も障害のある人と文化芸術をつなぐ中間支援のセンターとして、多分野と協働しながら、だれもが自由に文化的体験ができる環境づくりについて実践していきたいと思います。

参加者のアンケートより

Q.研修のなかでもっとも大きかった学びの視点はどんなことでしたか。
・ 部署の垣根を越える
・ リラックスコンサートを企画しようと思ったきっかけを知ることができて興味深かったです(種まき事業)。本番運営までの準備では、普段意識しないことまで工夫して行うことが大切だと思いました。
・ 細やかな配慮、調整とゆるやかなでしなやかな取組
・ ノウハウを改めてテキスト化、資料化して共有することはとても大事だなと思いました。
・ 主催者側と、観客側とのそれぞれの視点、出来る配慮、取り組み内容が参考になりました。
・ 1, 種まき事業から培った協働のためのプロセス 2, 参加者同士が交わるための効果的な抽選方法 3, 事業を整理して共有なさっていた今回の資料の重要性
・ 安心できる環境の作り方のプロセス
・ 「ご来場ガイド」の作成、配布という丁寧な準備
・ 課題意識をもちながら事業を組み立てられていること、SOUPさんや関係機関との分野を横断した連携について、開催までの詳しいプロセスを伺い、とても学びになりました。

Q.研修での学びを具体的に生かそうと考えていることがあればおしえてください。
・ 文化芸術基本計画に活かしていきたい。
・ 「誰のための取り組みか」ということを意識して企画したい。
・ 当たり前で行っていることについて、何ができるのか、どうやったらできるのか、どうしたらよいのかというような疑問をもちながらやってみたいと思います。
・ 多くの人とノウハウを共有するために対話する場を設けること。
・ 相手側の遠慮、事情を考慮して、踏み込んだ配慮ができればと思います。
・ 支援センター、広域センターとして文化施設にどのようなアプローチが可能か模索しており、とても参考になりました。
・ ご来場ガイドは地図や来場方法だけでなく、会場の情報や入場の流れまで網羅されているところがすばらしいなと感じました。ぜひここは当館でも取り入れたいと思いました。また、スタッフが緑のTシャツというのも、わかりやすく、優しいイメージでいいなと感じました。当館では公演時ジャケット着用がルールとなっているので、どこまで変えられるか分かりませんが、大事なお客様が安心して来場していただける服装を見つけたいと思います。
・ 障害のある方にとって、どのような環境があると事業に参加しやすいか、「必要なサポート欄」を設けて意見をいただいたとのことですので、配慮すべき点と施設の特徴をよく考えて実施可能な企画を考案して参りたい。

Q.自由記述
・ 実際にリラックスコンサートに参加させて頂いたので,冨田さんの思いや取組があのような形としてなったのだなと思いました。主催者やスタッフの皆さんの声掛け等が柔らかくて、安心していられる場所だったと思います。コンサートももちろんですが,あの時間自体がとても居心地のよい時間でした。
・ 市政だよりが音声で聞けたりすること、私も初めて知ることができました。障害のある人にとって、情報保障や頼る先、まずは問い合わせる先ってやはり行政や地域の福祉と繋がっている場所や機関が多いと思うのです。それで当団体のような民間のNPOは情報を届けたくてもなかなかそのハードルを越えられないでいます。信頼してもらうこと、話を聞いてもらうまでにとても時間がかかります。外出に遠慮している人たちにとって、信頼してもらうことってとっても大変だなと思います。
今回の事例を聞いて、仙台市の取り組みとして発信できることはとても大きいと思いました。これは要望となってしまうかもしれませんが、障害のある人の芸術活動を支援する取り組みの広報を事業団や仙台市が積極的にサポートする仕組みがほしいです。仙台市の共催や主催となっていなくても、市政だよりに掲載できる、市内事業所や支援学校にチラシを配布して頂けるなど、それぞれの団体が個別にコストをかけなくても、情報が届く仕組みです。今後意見交換ができたら幸いです。
・ 障害のある方やその家族は、常に周りに配慮しながら生活していることを、もっと知らなければいけないなぁ、と改めて思いました。アンケート結果からも、周りに迷惑をかけると嫌だから、という回答は、心の声だと感じました。今回のコンサートは、そういう意味でも、誰もが安心して楽しめることが大きな意味があると思いました。そのために、多様な方が安心できるように様々な環境を工夫されていることが分かりました。この視点は、ユニバーサルデザインや合理的配慮の観点につながるなぁと感じました。一方で、社会包摂の視点では、障害がない人(社会モデルから言えば、障害がないっていう定義が難しいですが)に対する理解の工夫って、具体的にどのようなことをどれくらい事前に配慮したり周知を行なっていたのでしょうか。マジョリティの人の多様性に対する理解が、本来のインクルージョンでは不可欠だと思っています。市民の皆様が多様性を理解できる仕掛けとして、このコンサートの意味もあったと思います。
・ 先日も、あるセミナーで、それぞれが評価しても共有するプラットホームがないという議論がありました。今日のお話も、とても先駆的な、かつ丁寧な取組みですので、広く情報共有がなされたらいいと思います。
・ 必要なサポートについて、参加者から直接意見をいただいたり、アクセス方法を分かりやすく作成することのほか、座席の配置に関することなど、通常のコンサートより配慮しなければならい点をよく検討されおり、非常に参考になりました。

レポート:高橋梨佳(NPO法人エイブル・アート・ジャパン)

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