
終了・報告
【レポート】SOUPの研修2024①「他者の『よくわからない』行為や出来事を捉え直す、そのわからなさを楽しむ方法を考える」
- 開催日
- 2024年11月01日(金)
- 時間
- 15:00-17:00
- 場所
- オンライン(Zoom)
- 講師
- 中野厚志さん、丹正和臣さん、湯月洋志さん(生活介護事業所 ぬか つくるとこ)、滝沢達史さん(現代美術家、放課後等デイサービスホハル管理者)
- 参加人数
- 13人
- 研修の流れ
- ・あいさつ〜SOUPについて
・ぬか つくるとこ / なんでそんなんプロジェクトとは
・具体的な事例紹介 / 福祉現場のなんでそんなん
・なんでそんなん大賞&EXPOについて
・休憩
・わたしの身の周りにある「なんでそんなん」を発表してみよう
・他の人の発表を聞いて考えたことをシェアしよう
はじめに〜研修の背景
「なんでこんなことするんだろう」「これは作品?」「よくわからないけど気になる」……。障害福祉の現場や障害のある家族と過ごす日々の中で、「よくわからないもの」に出会うことがあるかもしれません。それが自分では理解しがたいことであっても、本人にとっては好きなことや切実な行為である場合や、はたまた特別ではない場合もあります。
岡山県にある福祉事業所〈ぬかつくるとこ〉では、自分では理解しがたい他者の行為や出来事を「なんでそんなん」と名付け、それに対してツッコミを入れて面白く捉え直す「なんでそんなんプロジェクト」をおこなっています。
今回のSOUPの研修では、講師に〈ぬかつくるとこ〉のスタッフのみなさんをお招きし、研修に参加する方の身の周りにある「なんでそんなん」エピソードを共有しながら、このプロジェクトが大切にしている「よくわからないもの」を「無理にわかり合おうとするのでもなく、想像力を駆使してわからなさを楽しむ」視点について学びました。
〈ぬかつくるとこ〉の紹介
〈ぬかつくるとこ〉は、岡山県の早島(はやしま)町にあります。築100年以上の蔵を改修した趣のある木造の建物です。2013年に生活介護事業からスタートし、現在は放課後等デイサービス、相談支援事業所、就労継続支援B型事業所を含む4事業を展開しています。
はじめに、〈ぬかつくるとこ〉代表の中野さんより、〈ぬかつくるとこ〉の事業や大切にしていることについてお話しいただきました。
▲建物の外観
●ぬかびとさん
〈ぬかつくるとこ〉では、ここを利用する人たちを「ぬかびとさん」と呼んでいるそうです。
ぬかびとさんがやりたいことをやる、何もしたくないときはしなくてもいい。その中でアートをひとつの媒体として、さまざまな活動をしています。
また〈ぬかつくるとこ〉に遊びに来る人たちを「まぜびとさん」と呼び、いろんな人がこの場所に来てまざることを大切にしながらさまざまな行事をおこなっています。たとえば、その年の干支になりきる「干支1(ワン)グランプリ」を開催したり、アイドルになりたい人がアイドルカフェをしたり。また放課後等デイサービス「アトリエぬかごっこ」では、映画監督、美容師、妖怪研究家など、いろんなジャンルのおもしろい大人を呼んで、子どもたちと話したりワークショップをしたり。一緒に行事を楽しむ中で誰がスタッフで誰がぬかびとさんかはわからなくなるようです。行事の写真からは、大人も子どもも混ざりながら楽しむ様子が伝わってきます。
▲イベントの様子
今回の研修で学ぶ「なんでそんなんプロジェクト」にもつながりますが、関わるスタッフは、ぬかびとさんの「こだわり」に興味を持ち、こだわりを「記録する」ことを大切にしています。たとえば「新聞紙をちぎったら世界一!」、新聞紙ちぎりが大好きなぬかびと「コイケさん」。ゴミ袋いっぱいにたまったコイケさんの新聞紙を部屋に全部広げてみたところ、子どもたちに大人気の遊びが生まれ、この空間は「コイケのオイケ」と名付けられました。
「コイケのオイケ」をきっかけに、ぬかびとさんの好きなことやこだわりを起点に地域の人とつながっていくということが、いろいろな活動で展開していくことになったそうです。
▲コイケのオイケ
●ぬかメディア論
〈ぬかつくるとこ〉の支援員であり、事業のデザイン業務もおこなう丹正(たんじょう)さんは、ぬかびとさんの好きなことを用いて、人と人の間に作品やワークショップを入れ込むことで、コミュニケーションが違うものになっていくと言います。福祉と社会、障害のある人とそうでない人。ちがうカテゴリーをにじませたり、くっつけたり。そんな〈ぬかつくるとこ〉の活動は、オリジナルのメディアのようなものをつくっている感じ、と言います。その方法を「ぬかメディア論」と呼んでいるそうです。
「なんでそんなんプロジェクト」について
●「なんでそんなん」と「アンデパンダン」
2020年度にスタートした「なんでそんなんプロジェクト」は、言葉が持つ響きや思いつきを大切に、名前をつけるところからスタートしたとのこと。最初に紹介のあった「コイケノオイケ」も実は韻を踏んでいることに気づきます。
日々の行事でも、まず言葉からスタートし、中身は後から考える。タスクを整理してある目標に向かって仕事をしていくことが「ビジョン型」だとしたら、〈ぬかつくるとこ〉のスタイルは、ぬかづけに例えて「発酵型」と呼んでいるそうです。
「なんでそんなん」は、岡山弁で「なんでそんなことを?」とツッコミしたくなるときに出てくる言葉。この「なんでそんなん」が、「アンデパンダン※と言葉の響きが似てる!」ということで、プロジェクトの名前そのものになりました。
※1884年にフランスではじまった、だれでも参加することができ、無審査・無賞で作品を出品することができる美術展。仙台では市内のギャラリースペースが連携し、毎年秋頃に「仙台アンデパンダン展」が開催されています。
●楽しみ上手な人を醸成する
重度の障害のある人たちや、ぬかびとさんの行為の中には、「なんでこんなことしたんだろう?(なんでそんなん?)」と思うことがあります。自分が理解し難い出来事や他者と出会ったとき、理解できないものを排除したくなることもあるかもしれません。しかし丹正さんは「理解できないものを排除することで自分が理解できることだけで生きる」ことへの危惧と、「わからないからこそおもしろいことってあるのではないか?」という問いから、「自分では理解し難い他者の行為にツッコミを入れて楽しみを見出す、楽しみ上手な人を醸成しよう!」と、なんでそんなん事例を集める「なんでそんなんプロジェクト」につながっていったと言います。
▲「なんでそんなんプロジェクト」とは
●発見者の数だけ視点がある
「なんでそんなんプロジェクト」では、他者から見てよくわからない行為を発見する「発見者」がすごく大事と話す丹正さん。たとえば問題行動と思われていた行為も、何人かが集まってその行為について考える中で、面白がる人がいるとその行為に対する見え方が変わったり、人に話せるようになったりすることがあると言います。
現在、なんでそんなん事例をだれでも投稿できる募集サイトには、560事例が集まっているそうです。事例には、障害のある人の行為だけでなく、ちょっと変わった洗濯物の脱ぎ方など、身近な家族の行為もあります。
ここから、「なんでそんなんプロジェクト」の紹介動画を見て、動画に登場した事例についてさらに詳しくお話しいただきました。レポートでも一部を紹介します。
「おそなえもの」
こちらは「コイケノオイケ」のコイケさんによる事例です。いたずら好きなコイケさん。スタッフの事務所の前にいろいろと物を置いていきます。その行為にまずは名付けをした結果、「おそなえ」に決定!スタッフからいろんな「おそなえ画像」が集まってくるようになり、「こんな物をおそなえしていたよ」と、集まった写真を見て楽しむようになります。スタッフのデスクの横におそなえされた発泡スチロールのケースは、いつの間にかサイドデスクとして使うようになっていたそう。おそなえすることありきで日常がまわっていく。その行為をやめさせるのではなく、「まわりが変わっていく」という変化が生まれたと言います。
また、あるぬかびとさんの行為について、「この行為に名前をつけてみてください」ということで、参加者のみなさんからチャットでアイディアを募集し、実際に楽しみながら「名付け」を体験する時間もありました。
「なんでそんなんエキスポ」について
「理解し難いけど気になるものたち」を集めた博覧会として、その行為から生まれたものや事例を展示する「なんでそんなんエキスポ」について、エキスポのディレクションを担当している滝沢達史さんからお話しがありました。
コロナ禍の2021年に初めて開催したエキスポは、岡山県玉野市内のホステルを借り切って、一部屋ごとに一事例を展示したそうです。事例と一緒に泊まることもできる、ユニークな博覧会でした。その後、2022年に高知県にある「藁工(わらこう)ミュージアム」で巡回展が開催され、2024年は岐阜県の中部学院大学で開催されました。エキスポに合わせて事例を募集し、エキスポの開催地ごとに選ばれた審査員による審査を経て「なんでそんなん大賞」が決定。エキスポでは、受賞作品だけでなくすべての応募作品のエピソードが展示されます。岐阜のエキスポの様子をダイジェスト動画でも紹介いただき、展示の雰囲気を知ることができました。
わたしの身の周りにある「なんでそんなん」を発表してみよう。 他の人の発表を聞いて考えたことをシェアしよう。
研修の後半は、事前に参加者のみなさんから募集していた「なんでそんなん」事例や、講師のみなさんの話を聞いて思いついた事例をシェアし合いました。オンライン上での研修は参加者どうしの反応も見えづらいため、リアクションスタンプやチャットを活用しました。
●ダンボールアート
自閉症のお子さんを持つ保護者の方からは、お子さんが家の中で繰り広げるダンボールアートの事例紹介がありました。Zoom上でその写真を共有すると、講師のみなさんから「うわあ、すごい」という声が漏れます。
お子さんがダンボールでつくったという大量の小箱が、廊下の壁一面、天井までぎっしりと並んでいる様子や、小さな紙きれのようなものが入ったビニール袋が一つ一つフックにひっかけられた棚、押し入れのような棚にセロテープを何重にも巻きつけ、大きくふくらんで部屋の一部と化したようなもの……。お母さん自身も「なんなんだー?!」と思いながら暮らしていると言います。
「タイトルはありますか?」と聞かれて出てきたタイトルは、《はずむようにおどるように》。理由は、「本人がはずんでいるような、踊っているような感覚で鼻歌を歌いながらものをつくっているから」だそうです。
「楽しそうに話されているお姿がいいですね」と丹正さんが言うように、増えていく小箱を並べるための棚はお父さんがつくっているなど、家族が子どもの行為に巻き込まれながらも、その行為とともに暮らすことを楽しんでいる様子が伝わってきました。
●だれも拾わない行為に目を向ける
次に、知的障害のあるお兄さんがいる方から、お兄さんのエピソードを4コマ漫画で紹介いただきました。共有された二つの漫画をそれぞれ読む間、静かな時間が流れます。
一つ目の漫画は、日が暮れて部屋の中が暗くなってきたころ、「お兄ちゃん電気つけて」と言うと、寝転んでいたお兄さんがむくっと体を起こし、喜んで電気をつけてくれるというエピソード。またもう一つの漫画は、ある日家の外にいたときに、部屋の中の電気がパッとついてまたすぐに消える瞬間を見たときの情景について描かれたものでした。
講師や参加者からは「じんわりする良いエピソードですね」「消すために電気をつけるという視点が面白いですね」といった声がありました。
エピソードを共有してくれた方は「微妙に伝わりづらいエピソードなので、他の人に伝えたことがなかったです。写真だと一瞬すぎて記録できないし、撮れたとしてもその面白さが伝わらないので、漫画にしてみました」とのこと。それを受けて、講師から「どこに出したら良いかわからないような、だれも拾わないエピソードが好きです」といった声もありました。
そのほかにも参加者のみなさんから、いくつかのエピソードを話してもらいました。事例の共有の後は「こうしたらいいんじゃない?」という工夫や、タイトルを参加者のみなさんと一緒に考えてみました。
---
エピソード①
行為者:仙台市内の福祉事業所を利用するKさん
発見者:事業所で働くSさん
エピソード:お気に入りの人の椅子や、空いている椅子をひっくり返して様子を見るKさん。最初は「座れないじゃん!」と言って、ひっくりかえったままの椅子に座ってみるなど、その都度反応していた。徐々に椅子をひっくり返すスピードが上がり、他の人の足に当たってしまったことも。Kさんの行為を楽しく捉えることができたら一番だけど、危ないことはダメだし、どうしていったら良いんだろう。揺らいでいます。
エピソード②
行為者:大阪の生活介護事業所を利用するCさん
発見者:事業所で働くYさん
エピソード:利用者のCさんと散歩に出かけると、Cさんは、道に落ちているペットボトルや空き缶などのゴミを見つけて、立てられるものを立てていく。保護者からはやめてほしいと言われていて、考えさせられる行為でもある。
---
椅子をひっくり返すKさんのエピソードについては、
「席を空けるときに、その人自身が自分で椅子をひっくり返してみたらどうなるか?」
「誰の椅子がひっくり返されているか、『見える化』してみる」
「映像を撮ってみる」
「いずれ商品になったりするかも?ひっくり返しても座れる椅子。ひっくり返したときだけ見える何かのしかけをつくる」
など、ユニークな返し方や行為の記録方法について、さまざまなアイディアが出ました。
「いきなりおもしろいことに変化するのはハードルが高い場合もあるから、何が見えるのかはわからないけれど、ひっくり返された椅子の写真だけ撮っていくなど、最初の一歩としてはひたすら記録する方法はありますね」と講師の滝沢さん。
それを受けて発見者のSさんから「いまは被害報告のように『ひっくり返されてしまいました!』と言っているけれど、“発見”として、前向きに見つけた!と言えるようになると良いですかね。困り感のある人が増えてきて思考が一定方向に偏っていたので、視点をずらして考えていけたらなと思います」という感想があり、Kさんの行為に対する捉え方が変わっていったようでした。
また、Kさんの行為に対して
「間接的にコミュニケーションをとられているのが素敵だなと思いました」
「『愛の裏返し』じゃないけど、椅子をひっくり返すことがその人にとってのコミュニケーション?」
といった対話もありました。
散歩中にゴミを立てるCさんの行為については、Yさんと散歩するときだけ起こるのだそうです。それを受けて参加者さんから「この人だったらやっていいんだなと信頼されているんですね」というコメントもありました。
みなさんから共有してもらった事例についてコメントをし合っていると、あっという間に後半の1時間が過ぎました。最後に丹正さんから、事例を随時受け付けている「なんでそんなん投稿フォーム」の紹介があり、研修を終了しました。
おわりに
さまざまな事例を通して感じたことは、「行為をする人」に対して「それを発見した人」がいるというよりも、行為をする本人とその周りにいる人との関係性の中で、互いに影響し合いながら、その出来事が生まれているのかもしれないということでした。また、なんでそんなんプロジェクトのように出来事を共有するプラットフォームのような場があることは、一人では気づかなかった視点を得たり、日常の中で見過ごしてしまうかもしれないことをじっと見つめたり、考えたりするアンテナが生まれ、他者との関係やだれかの行為に悩んでいるときの向き合い方のヒントにつながるかもしれません。
今後も「作品」という観点からではこぼれおちてしまうものや、「かたちにならないなにか」について考える機会を持てたらよいなと思います。
参加者の声(アンケートから)
●研修のなかでもっとも大きかった学びの視点はどんなことでしたか。
・ぬかびとさん達の行動ひとつひとつを肯定し、周りが柔軟に対応していくと仰っていたこと。世の中もそうであれば良いな〜と感じました。
・ちょっと困ったな、ということがあっても、既成観念や常識と思い込んできたルールにとらわれずにやわらかく前向きにその人がどうしてそういう行動をするのか?とらえることが大切だし人と人との関係が楽しくなりそう!と思いました。
・問題行動を「問題」として捉えるのではなく、芸術(アート)として捉えたり、遊びの一環として捉え、それを芸術(アート)や支援に繋げていく発想(視点)が自身にとって一番の学びに繋がりました。
●研修での学びを具体的に生かそうと考えていることがあればおしえてください。
・これまで以上に、相手(家族、友人、仕事で関わる人、出会う色んな人に対し)の行動や言動を観察し、想像し、肯定し、柔軟にどう関わっていけるかと言う事を意識していきたいなと思いました。
・保護者の希望や理解、既存のルールとの折り合いが難しいところがあると感じたので、その人のやりたいこと、その面白さや良さをどうしたら伝えられるのかを考えていきたいです。
・証拠を集める、記録する、名前をつけてみる、という一連の営みはとてもクリエイティブで、周囲の人も本人も、たのしかったり嬉しかったりすることにつながるかもしれないと感じます。なので、まずは記録などの行為をやってみたいと思います。また名づけをすると、愛着が湧いていくのは不思議だなあと思いました。
●自由記述欄(研修へのご意見・ご感想、講師の方へのメッセージ、事務局の運営についてなどご自由にお書きください)
・「なんでそんなん」を、ツッコミ、笑いに変えるのは馬鹿にしているわけでは全くないけど、行為者本人的にはどうなんだろう?と少し思っていたのですが、本人もとてもたのしそうで、自分に置き換えてみても、取り上げられたらやっぱりうれしいかも、と思いました。障害のあるなしに関わらずその人の性質にフォーカスして記録したり名付けたりするのは、観察している投稿者の愛情が無いとできないことだ!と思ったので、そのことがとても大事だということ、関わる皆さんのたのしそうな様子や想いを感じることができて学びが深かったです!
・アトリエぬかごっこ(放課後等デイサービス)の中でご紹介されていた、色んな大人を呼ぶ企画が素敵だな〜と思いました。世の中で評価を受けている例えば有名なスポーツ選手や芸能人...と言うことではなく、身近な地域で各々生活されている人たち(例えば農家さん、子育て中のお母さん、手仕事上手なおばあちゃん、など) そんな近しい大人の方からのお話や言葉ほど、響き受け取るもの(学びや刺激や生きることへの前向きさ)があるんじゃないかな〜と感じました。仙台、宮城でも広まれば良いな〜と感じました。
・事業所や個人を超えてゆるやかになごやかに繋がれる場というは貴重なのでありがたい体験でした◎
・自分にはない目線での物事の捉えかたが大変勉強になり、面白かったです。あっという間の2時間でした。支援に捉われるのではなく、まずは寄り添い(その人をよく見る・観察する)「楽しい」「また明日も行きたい」と思える事業所になれるよう、頑張ります!!
レポート:髙橋梨佳(NPO法人エイブル・アート・ジャパン)