1990年、脳内出血に罹り、4年間の闘病とリハビリの生活の中で木彫と出会う。退院後、木彫教室「アトリエ創」に通い、以後、1年に1作品のペースで制作を続けている。
半身麻痺のため左手のみで制作を行い、道具や作業場には工夫が凝らされている。鮮やかでやわらかい色彩は、水彩絵の具によるもの。初期は電動ノミを用い、小柄で丸みのある作品を多く制作。現在はノコギリ、ナタによる大きな作品を中心に制作している。
宮城の作家
1990年、脳内出血に罹り、4年間の闘病とリハビリの生活の中で木彫と出会う。退院後、木彫教室「アトリエ創」に通い、以後、1年に1作品のペースで制作を続けている。
半身麻痺のため左手のみで制作を行い、道具や作業場には工夫が凝らされている。鮮やかでやわらかい色彩は、水彩絵の具によるもの。初期は電動ノミを用い、小柄で丸みのある作品を多く制作。現在はノコギリ、ナタによる大きな作品を中心に制作している。